5/5 丹沢

 自宅で寝て過ごしたゴールデンウィーク。明日は仕事、という段階になってこれではまずいと思い、急遽ハイキングに出かけることにした。意気揚々と、スリッパを引っ掛けて家を出たのはいいものの、登山靴をザックに入れ忘れたことに大手町駅で気づいた。自分のアホさに呆れながら、仕方なく引き返した。

 人身事故による遅延にも遭遇し、新松田駅に到着したのは10時だ。バス停に並んでいるとご年配の夫婦から、寄(やどりぎ、という地名。今回の登山口がある町)へ行くバスが12時台まで無い、と聞く。自分で時刻表を見ると、どうやら事実のようだ。なんてこった、ここで本日は閉店かよ、と思っていたところ、おふたりから、タクシーを相乗りしようとのご提案。渡りに船とばかりに、快諾させて頂いた。

 寄でお二人とお別れ。お祭りに向かっていった。私は登山口へ向う。そうそう、今日は一眼レフを持ってきている。ハイキング中の写真を撮ろうと思い、2年ほど前に購入したものだが、長い眠りについていて日の目を見ることがなかったものだ。今日からデビューさせてやる。青空と新緑をフレームに収めて、何度かシャッターを押した。

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 登山口になる水源林管理課の建屋に到着したのはすでに11時前であった。遅すぎだ。計画したコースの下調べをしていないし、行動時間がどのくらいになるかもよくわかっていない。そもそもこの時間からスタートして日暮れまでに降りれるのか。いろいろな疑問はいったん封殺して、準備不足もはなはだしくハイキングスタート。

 雨山峠へ向かう道は、面白かった。前半は渡渉を繰り返し、後半はスノーボードハーフパイプのような谷筋を詰め上がっていく。U字の谷底はさらさらと清流が流れており、気持ちがいい。峠が近くになると、いくつもの支流が合流して谷は迷宮の様相を呈す。標識を忠実に辿って歩いていく。雨が降ったら逃げ場はないだろう。要所要所で一眼レフを取り出して撮影タイム。奥行きとかスケール感は画質の良さだけでは伝わらないんだよなぁ。

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 峠での休憩中、丹沢に通いつめているというおじさんと会話をした。今日は丹沢最高峰の蛭ヶ岳へといたる消えた登山道を偵察しに来たという。通常、蛭ヶ岳は道志方面から尾根筋を辿るか、蛭ヶ岳を含む主稜を結んだ縦走路を経ることで登頂できる。しかし、おじさんの持っている地図には、蛭ヶ岳の南に伸びる尾根筋から一気に登りあげるルートが書かれていた。私が持っている2016年度の山と高原地図にも、薄い破線でルートが書かれているが、赤い実線が一般登山コースであることから、要するに難路だ。結局、今回はこのルートの手がかりを見つけることができなかったらしい。

 おじさんの持つ地図の出版年を見ると、なんと94年版の山と高原地図だった。25年前の地図はレアだ! 古文書を見つけた気分で、一眼レフで収めさせて頂くことにした。丹沢逍遥の証を写させて欲しいという申し出に少しおじさんは嬉しそうだ。ペットボトルを重しにして地図を広げてもらってレンズを向けるも、峠は五月の風が集約されて爽やかに吹き抜けていく。地図はバタバタとはためき、ビリっと少し破れてしまった。

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 ユーシンへ降り、熊木沢方面へ歩く。ネットでは熊の目撃情報も散見されるので、ときどき手を叩いたり、ホー! と声を上げながら歩いた。天気はすこぶるよくて、蛭ヶ岳の頂上に山荘が乗っかっているのが見える。午後になればガスが出るかと思ったが、今日は完全に高気圧が勝利している。目的は塔ノ岳だ。ルートのある尾根の取り付きまでは林道を歩いていく。尊仏ノ平というありがたい名前の平坦地が、目指す取り付きポイントである。まあ標識に従って歩いていれば何も問題がない。

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 問題がないはずだったのだが、準備不足による余裕のなさが災いして、現在地を見失った。尊仏ノ平だと思って休憩していた平坦地で、ルートを探したのだがぜんぜん見当たらないのだ。地図とコンパスを合わせても、地形は合っているように思える… その辺りをウロウロして、30分ほど時間をロス。自身の読図能力を疑った私は地図とコンパスをしまい、近くにあった赤いペンキの矢印に従って歩くことにした。矢印の横にはナベワリと書いてあるので、塔ノ岳ではなく鍋割山に行くルートらしいが、まあいいだろう。途中、見晴らしのいいところで休憩をして周囲を眺める。蛭ヶ岳や丹沢主稜がそそり立っている。右肩あがりの立派な尾根が張り出しているのも見える。あれだ、あの尾根が予定していたルートだ。どうやら、ひとつ手前にある平坦な谷筋を尊仏ノ平と思い込んでいたらしい。改めて地図を見ると、ウロウロしていた平坦地と尊仏ノ平の地形は似ていると言えなくもないが… 修行不足。f:id:yama_ak:20190507084805j:plain

 鍋割山へ至る尾根は最後が急登だ。しっかり歩かないとよろけそうになる。踏み跡は薄いが、迷うような尾根ではないのでその点は安心だった。あとでわかったことだが、ここは鍋割北尾根という名称で呼ばれるバリエーションルートで地図には載っていない。図らずもバリルートをたどることができたのは、まあよかったか。

 鍋割山から下界を眺める。山頂は草地になっていて、いい雰囲気である。

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 このまま下山しようかとも思ったが、せっかくなので塔ノ岳へ向かうことにした。しばし歩いて塔ノ岳山頂の広場に到着。広場は小屋泊まりの客らでにぎわっていた。すでに時間は遅く、日帰りハイカーはあらかた下山したのだろう。写真を撮っているうちに、ガスも湧いてきた。ちょっと休憩したら帰ろう。

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 残照の大倉尾根をぶっとばす。多くのハイカーの方々に道を譲って頂いてガンガン降りる。

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 大倉のバスターミナルに到着したときは残照は終わり、夕闇が始まっていた。売店は17時で閉まっていたので自販機で強炭酸コーラを買い、一気に流し込んだ。バスはいつものように長蛇の列。窮屈な思いをすることを嫌い、ここから戸沢入口のバス停まで歩くことにした。

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 人気のない舗装路を、煌く夜景を見ながら歩いていくオジさんひとり。真っ暗な新東名の工事現場の水たまりから、カエルの鳴き声が聞こえて来る。振り返ると丹沢のゆったりとした稜線が黒いシルエットになって、群青の空に浮かび上がっていた。

 30分ほど歩いてバス停に到着。ジャストタイミングでバスもやってきた。秦野駅に向かう。この路線はマジて空いている。

 帰りの小田急線上り列車に乗り、ワンサイズの黒霧島を胃の腑に流し込みんで心地よく酩酊。下車予定の代々木上原駅をしっかりと寝過ごして、目覚めると終点新宿駅だった。